大判例

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大分地方裁判所 昭和22年(ワ)182号 判決

原告 竹内円

被告 明石実 外二名

一、主  文

原告の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「被告明石実は原告に対し別紙第一目録<省略>記載の家屋を明渡し且昭和二十二年十一月一日以降右明渡済まで月六円五十銭の割合による金員を支拂うこと。被告柳靜雄及び被告明石太郎は別紙第二目録<省略>記載の家屋につき昭和二十一年三月二日玉津区裁判所登記受付第三九九号を以てした所有権移轉登記の家屋の表示を木造瓦葺二階家居宅一棟建坪六十八坪七合五勺外二階六十五坪七合五勺と申請錯誤による更正登記手続をすること。被告明石太郎は所轄税務署の家屋台帳中前記家屋の記載について右更正登記に合致するよう分割並に名義変更手続をすること。訴訟費用は被告等の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として「原告は昭和三年十二月十日被告明石実に対し金四百五十円を利息月一分二厘五毛、元金と同時に支拂うこと、弁済期昭和四年十二月二十五日の約で貸渡し、右弁済を担保するため被告柳靜雄はその所有の別紙第一目録記載の家屋(但し実測階上階下とも各十八坪)につき抵当権を設定し且その旨の抵当権設定登記をした。ところが弁済期が來ても被告明石実が弁済をしないので原告は右抵当権を実行して競賣の申立をし、昭和八年一月中原告自身競落によつて右家屋の所有権を取得し同年二月八日その旨の所有権移轉登記を了した。併し右家屋は被告明石実の懇請があつたので前記競落後登記前である昭和八年二月一日同被告に対し賃料月六円五十銭、毎月末拂の約で期間を定めず賃貸し、引続き同被告に使用させていたところ、原告の実姉訴外竹島キクが東京都で夫と子に死別し、高齢に及んで看護する者もないため、昭和二十年中原告において同訴外人を引取り原告居住の大分縣西國東郡高田町宮町に一戸を借受けてこれに居住させていたが右借受家屋は家主から明渡を求められ、やむなく同所居住の原告の実兄訴外竹内倉次方に一時仮寓させて居る次第で、右訴外キクを居住させるために被告明石実が日常直接住居の用に供していない浴場便所等から成り立つている別紙第一目録記載の家屋の明渡を求める必要を生じ昭和二十二年四月十六日被告明石実に対し同年十月末までに右家屋を明渡されたい旨の内容証明郵便を発送し、右郵便物は即日同被告に到達したから右賃貸借は同年十月末日限り終了した。然るに同被告はその後依然右家屋の明渡をしない。次に右家屋は登記簿上大分縣西國東郡高田町大字玉津字中島六番の内第二号と表示せられているものであるが、これと隔壁を共通にしてその西側に隣接する既登記家屋建坪五十四坪二階五十四坪(但し実測建坪六十八坪七合五勺外二階六十五坪七合五勺、從つて原告所有建物と合せれば実測建坪八十六坪七合五勺外二階八十三坪七合五勺)一棟があつて、被告柳靜雄がこれを所有していたところ同被告は昭和十七年八月八日右建物の登記簿上の表示を別紙第二目録記載のように建坪八十五坪七合五勺外二階八十二坪七合五勺とする変更登記手続をしたため原告が競落した前記家屋はあたかも右被告柳靜雄所有の別紙第二目録記載の家屋の一部分であるかのような登記簿上の表示となり、ここに原告所有の家屋は一面において二重に登記せられると共に他面原告所有名義の登記に対照すべき家屋台帳の記載を有しない結果に立到つた。而して被告柳靜雄は別紙第二目録記載の家屋を昭和二十一年三月一日被告明石太郎に贈與し同年同月二日玉津区裁判所受付第三九九号でその旨の所有権移轉登記を了したが右登記の建物表示が前記の通りになつている関係上原告の競落所有する前記第一目録記載の家屋も右贈與家屋の一部分として被告明石太郎に所有権が移轉したような外観を呈しているばかりでなく、他面右第一目録記載の原告所有家屋については独立の登記はあるが家屋台帳の登載がないこと前記の通りであるためこれを他に賣却しても事実上これに伴う所有権移轉登記ができない。そこで原告は被告柳靜雄及び被告明石太郎に対して前記贈與家屋の登記簿上の建物表示及び家屋台帳の記載を前述の事実関係通りに訂正することを求めたが同被告等はこれに應じようとしないのである。以上の次第であるから、被告明石実に対しては原告所有の前記家屋の明渡及び前記賃貸借終了の翌日である昭和二十二年十一月一日から明渡済まで相当賃料にあたる月金六円五十銭の割合による遅延損害金の支拂を求め被告柳靜雄及び同明石太郎に対しては前記玉津区裁判所昭和二十一年三月二日受付第三九九号所有権移轉登記の家屋の表示を木造瓦葺二階建居宅一棟建坪六十八坪七合五勺、外二階六十五坪七合五勺と申請錯誤による更正登記手続をすることを、又被告明石太郎に対しては別紙第二目録記載の家屋につき所轄税務署備付の家屋台帳の記載を右更正登記に一致するよう分割並に名義変更の手続をすることを夫々求めるため本訴に及んだ。」とのべた。<立証省略>

被告明石実の答弁として「原告主張の日その主張のような金銭消費貸借が成立し原告主張の家屋につきその主張のような抵当権が設定せられその旨抵当権設定登記がなされたこと、原告主張の日時原告が右家屋を競落しその旨所有権移轉登記がなされたこと、原告から被告明石実に対し昭和二十二年四月十六日付内容証明郵便で右家屋の明渡を求める旨通知があつたこと、別紙第二目録記載の家屋がもと被告柳靜雄の所有で、昭和二十一年三月一日同被告から被告明石太郎に贈與せられその旨移轉登記があつたことはいずれもこれを認めるがその他の原告主張事実は爭う。原告主張の別紙第一目録記載の家屋というのはもと大分縣西國東郡高田町大字玉津字中島六番建設の二階建本家一棟建坪六十六坪の南側にあつた便所、洗面所等約十二坪余を取崩し右取崩部分の跡に昭和三年中増築した実測延坪約三十七坪余の木造瓦葺二階建の部分にほかならない。而して右増築は既存部分と相合して被告明石実の営む旅館業の用に供するため同被告が訴外内藤菊次郎に請負わせて施工したものであるが、同被告と義兄弟の間柄にある被告柳靜雄から右増築費用中相当部分を借受けた関係上被告柳靜雄所有名義で既存部分及び増築部分につき各保存登記を経由した次第である。ところがその後昭和七年末、当時右増築部分即ち別紙第一目録記載家屋に順位二番の抵当権を有していた訴外丸山光治郎において右抵当権を実行しそうな形勢があつたので一番抵当権者であり且債権額も多くない原告に依頼してその抵当権を実行競落させ後日被告明石実が原告に対し前記消費貸借元利合計金及び抵当権実行及び競落等に要した諸費用を支拂つたときは右家屋を被告実に返還することの内約が被告実と原告との間に成立しその結果原告が前記のように右家屋を競落した訳である。そこで被告明石実は右内約に從い昭和八年二月一日訴外百津亮を介して原告との間に被告実が前記元利金並費用合計金五百二十円及びこれに対する年一割五分即ち金七十八円の割合による利息を支拂うならば、向う五年間何時でも原告は右家屋所有名義を被告実の求める通りに変更すること、但し前記利息は毎月金六円五十銭宛に分割し被告から右家屋の賃料名義で原告に支拂うこととの特約を結び原告から被告実のいわゆる「返り証」を作成した。何故このようにしたかというに右家屋は階上が廊下、便所、洗面所、物置部室その他階下が同様に廊下、便所、物置部室及び台所等となつていて、前記既設六十六坪の部分にある客間に附属して使用するため増築せられたもので構造上使用上既存部分と分離することができないのでこの増築部分だけが既存部分とはなれて他人の手に移ることを恐れたからである。右増築の費用は金二千八百余円を要し從つて前記競落当時における右増築部分の價格も同程度であつたから若し原告との間に右のような特約ができなかつたら被告実としても自ら競落する等右増築部分を自らの手に納める方法を講じたであろうが、右特約ができたから原告を信頼して前記のようにしたのである。而して原告の前記競落後も被告実は右増築分に対しての租税その他公課はもとより、敷地の賃料も自ら負担し尚前記特約にもとずき毎月金六円五十銭の割合の利息金を家賃名義で原告に持参支拂を続け特約に定められた満五年の期間満了直前再び前記訴外百津亮を原告方に遣わし右期間を延長して呉れるかどうか、若し延長して呉れなければ被告実は直ちに元利金を他から借替えて皆済する旨告げたところ原告は何等異議なく別に終期を定めず前記の同様の條件で右期間を延長することに同意したので被告実は右期間満了後も更に引続き遅滞なく前記特約にもとずく利息金の分割支拂を履行して來たのである。ところが前記のように原告から昭和二十二年四月十六日附の明渡請求を受けたので、被告実は原告に対し元來右増築分は実質上同被告の所有であるから前記特約通りの債務履行と引換にその所有名義を同被告に戻してもらい度いと交渉したが、遂に原告が應じないためやむをえず被告実は同年七月十日原告に対し前記特約にもとずく買戻元金五百二十円とこれに対する昭和二十二年六月末日までの延滞利息金三十九円合計金五百五十九円を民法第四百九十四條の規定にもとずいて供託した。從つて原告はむしろ前記増築部分について被告名義に所有権移轉登記をする義務こそあれ、右部分に対する原告の所有権を否認し得る筋合でないのにこれを否認して右部分の明渡を求めるのは失当である。仮に右部分が原告の所有で被告実がこれを賃借していたものであるとしても原告の前記明渡請求は解約申入又は更新拒絶として借家法第一條ノ二にいわゆる正当の事由を備えていない。訴外竹島キクがその借家の家主から明渡を求められたのは右解約申入後のはるかに後である昭和二十四年四、五月頃のことである。仮にそうでないとしても訴外竹内倉次方は相当廣い家屋であるし原告自身方も三階建の宏大な住宅であるから前記訴外竹島キクを住居させる場所に困る筈はない。仮に同訴外人の住居に困つているのが事実としても原告が自己の利益のみを念頭におき被告の利益を全く省みないのは信義誠実の原則に反し解約の正当の事由ある場合に当らない」と、被告明石太郎の答弁として「被告明石太郎が被告柳靜雄から別紙第二目録記載の家屋につき贈與による所有権移轉登記を受けたことは認めるが原告その余の主張事実はこれを爭う。」と、被告柳靜雄の答弁として「被告柳靜雄が昭和三年中被告明石実の原告に対する債務を担保するため同被告所有名義の別紙第一目録記載の家屋につき抵当権の設定登記をしたこと、右家屋が昭和八年中競賣に付せられたこと及び被告柳靜雄所有名義の別紙第二目録記載の家屋につき被告明石太郎に対し贈與による所有権移轉登記手続をしたことはいずれもこれを認めるが、その他の原告主張事実は爭う。」と、夫々のべた。<立証省略>

三、理  由

原告が昭和三年十二月十日被告明石実に対し金四百五十円を、利息月一分二厘五毛、弁済期昭和四年十二月二十五日の約で貸渡したことは原告と被告明石実の間では爭のないところであり成立に爭のない甲第二号証によれば原告と被告靜雄、同太郎との関係においてもこれを認めることができる。

而して右甲第二号証、原告と被告実、同靜雄との間で成立に爭なく、このことから原告と被告太郎間の関係でも眞正に成立したものと認められる同第一号証、成立に爭のない同第三号証、被告明石実本人尋問の結果によつて眞正に成立したものと認める甲第四号証、原告竹内円本人の供述の一部及び被告明石実本人尋問の結果によれば被告柳靜雄は原告に対し前記消費貸借契約にもとずく被告明石実の債務を担保するためにその所有の別紙第一目録記載の家屋について順位第一番の抵当権を設定し即日その旨抵当権の設定登記を経由したところ原告は被告明石実が右債務の履行をしないことを理由として前記抵当権実行による競賣申立をし昭和八年一月二十日自らこれを競落し同年二月八日中津区裁判所の嘱託により右競落による所有権移轉登記がなされたこと並に右競落後である昭和八年二月一日原告と被告明石実との間に原告は前記家屋を賃料月金六円五十銭の約で同被告に賃貸する旨賃貸借契約を締結すると共に若し同被告においてその後五ケ年以内に前記消費貸借元本延滞利息その他を合計した金五百二十円を原告に支拂うときは原告は直に右家屋について同被告名義に所有権移轉登記手続をする旨の契約をしたことが夫々認められる。そこで先ず原告は前記競落によつて別紙第一目録記載の家屋につき実体上所有権を取得したものであるか否かの点について判断するに現行法上所有権の目的たる物は一個独立の物でなければならないから一個の家屋の一部であり而もそれだけでは経済上独立の効用を持たない部分については右家屋の他の部分とはなれて別個の所有権が成立する余地はないと解しなければならない。(尤も民法第二百八條には建物の区分所有権を認める主旨の文言があるけれどもこれはたとえば棟割長屋のように建物の一部である各戸につき夫々一個独立の建物同様経済上独立の効用を認め得る場合に関する規定にすぎない。)從つて既存家屋に接続して新たに増築が行われたけれども右増築部分は既存家屋に対し從属的なものにすぎず、既存部分をはなれて経済上独立の効用を有しないというような場合においては民法第二百四十二條に從い右増築が賃借人その他権原を有する他人によつてなされたのでない限り、既存部分即ち主たる部分の所有者において右増築部分をも含めた一個の建物の上に一個の所有権を有するに至るものであつてこのことは右増築部分につき独立の家屋としての保存登記がなされても何等変りはない。

ところで本件についてこれを見ると前顕甲第一、二号証、被告明石実本人の供述並に檢証の結果を綜合すれば、原告主張の別紙第一目録記載の家屋というのは登記簿上一個独立の建物として昭和三年十二月七日被告柳靜雄名義に保存登記がなされているけれども、実は被告明石実において当時旅館営業の用に供していた被告柳靜雄所有名義の大分縣西國東郡高田町大字玉津字中島六番内建設木造瓦葺二階建本家建坪六十六坪外二階五十四坪、附属木造瓦葺二階家座敷建坪十二坪二階九坪なる家屋の一部を取こわし残存部分に接続して増築した階下、二階各実測十八坪位の部分であつてその接続の状態は柱、廊下を共通にし何等境となるべきものもない関係上当然一個の建物の一部としか見られないのみならず右増築部分に含まれるのは六疊三室、物置一室、便所階下階上各一個所、湯殿等であつて建物全体の建坪間取りから見ても既存部分に從属しこれをはなれては経済上独立の効用を有しないことが明かである。從つて右増築部分は既存部分をも含めた一個の家屋(別紙第二目録記載の家屋が即ちこれに当る)として被告柳靜雄の所有に帰したものと認めるのが相当である。(被告明石実は前記既存部分が登記名義に拘らず実質上同被告の所有であつたように主張するが登記なくしてこれを原告に対抗することはできない。)

而して右増築部分につき前記のような保存登記がなされ、これにもとずいてその後前認定の通りの経過により抵当権の設定及びその実行による競落が行われたとしても、原告は右競落により前記増築部分だけについての所有権を取得することはできない。何故ならば、右保存登記、抵当権設定並に競賣手続が行われても右増築部分が一個独立の建物ではなく被告柳靜雄所有家屋の一部であつて独立の所有権の客体となりえないという客観的事実はすこしも変更せられないからである。尤も原告は右競落の結果所有権を取得し得ないことについて或は民法第五百六十三條、第五百六十八條の規定による担保責任の追求、或は同法第七百九條の規定による損害賠償の請求をなし得る場合があろうけれども、これは自ら別個の問題である。

以上により原告が前記増築部分につき所有権を有しないことは明かになつたから次に原告と被告明石実との間に締結された前認定の賃貸借契約の効力について判断をする。

凡そ賃貸借契約は所有権その他の物権を賃貸人に取得させる契約ではないから、必ずしも一個独立の物についてばかりなく、前記増築部分のような一個の家屋の一部についても成立し得るし、また單なる債権契約であることからすれば第三者所有の物又は賃借人自身の所有する物についても賃貸借が成立し得る場合がある。從つて被告柳靜雄所有の家屋の一部分にすぎない前記増築部分について、原告を賃貸人、被告明石実を賃借人とする賃貸借契約が法律上成立し得ない訳ではない。併しながら被告が本件賃貸借契約を結んだ直接の動機は正に原告が前記競落によつて右増築部分につき所有権を取得したと考えたからであること並に右動機は原告宛の本件賃貸借契約書中『貴殿所有家屋(中略)借用仕候』という文言によりて契約の要素として表示されていることいずれも前顕甲第四号証及び本件弁論の全趣旨より明であるから、原告が前記競落により右増築部分の所有権を取得したものでないこと前認定の通りである以上、本件賃貸借契約は錯誤によつて無効であると断じなければならない。(尤も被告明石実は本訴において明白に本件賃貸借契約が錯誤によつて無効であるとの法律上の主張はしていない。併し既に前記増築部分が別紙第二目録記載の一部で家屋として独立の効用を有しないこと、及び原告が右部分だけにつき競落によつて所有権を取得したと考えたので本件賃貸借契約に及んだことを夫々主張をしている以上錯誤に該当すべき事実の主張はこれをしている訳であるから、当裁判所が右各主張事実を認定して、右賃貸借契約には要素の錯誤があり無効であると法律上の判断をすることは何等妨げない。)

以上の次第で、原告は別紙第一目録記載の家屋即ち前記増築部分につき所有権を有しないし、また有効な賃貸借契約上の権利も有しないことが明らかであるから、これ等を有することを前提とする原告の本訴請求は他の爭点について判断するまでもなく失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 川添利起)

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